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りんたろう
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2008年07月30日

さあ あなたと行くバングラデシュ

どこからついて来る?まず博多の工房まるを紹介しよう。なにせタイ航空バンコク便は午前中にチェックイン。バンコクで一泊して翌朝ダッカ着夕方目的地と言うことです。水平線トラベルのサエナクナイ園さんのコーディネートですべてWEB決済済みのコピーがチェクインまではお札って訳。では、博多へ高速バスにお乗り下さい。昌彦左衛門隊長は体調をかんがみ、ビールを断ち、替わりに弱い私が綾の地ビールでメートルを揚げる事になった。カメラマン兼秘書の裕人(我が長男)は後にヒロモトさんの称号を授かるが、おやじに付き合わない。夕方の博多駅には工房まるの吉田さんがリフト車で迎えにきてくれた。ありがとう!土産の綾ビールはまだケースと一本残してます。それやこれやで、接待の壮行会はレゲエラーメン店で盛大にプシムをバックに士気を高めた。


ここがアートを仕事にする作業所。そして福岡空港国際線&博多ラーメンとつぜんですが、もうタイのスワンプ名ームに着きました。世界最大のハブ空港は帰路ででは8時間時間潰したから第2の故郷みたいなもんっス。最後のソバが機内食ででたので思い残すことなくカレーの世界へごー。空港そばのインカムホテルのピックアップにはぐれ、折角の時差2時間は空しく去った。電話で1階で待ってますという返事が聞き取れぬばかりに・・・・。
やっとバンコク郊外の空気を吸う。大阪並みの猛烈な車の流れもちろんバーツで不謹慎な日本人にはならなかった事は胸を張ります。目的はバングラデシュにあり!というところで、続く。


  

Posted by りんたろう at 21:52Comments(1)TrackBack(0)

2008年07月30日

禁酒の国へ飲兵衛 バングラデシュへ三人達侵攻

タイムスリップできたらと願うあなた、バングラデシュへ行ってみらんね。今回は車椅子ライダーvs車椅子ユーザーの二国間交流と言うことで夏のまっ盛りのミヤザキから博多~バンコク経由の三日間かけてたどりついたダッカ。そこから空路ジョソールへ舞い下りた天使たち。地方空港、そう昔の赤江飛行場憶えちょル?あんな雰囲気に、なんとフラガールのような昔の女性たちがサリーを着て、ミヤザキからのライダーと秘書と現金腹巻輸送人を迎えてくれて、三泊四日の交流は花吹雪で迎えられたのであった。
  

Posted by りんたろう at 20:59Comments(1)TrackBack(0)

2008年06月11日

Bangladesh tour

7月12日から18日までのバングラディッシュ旅行を準備中である。
AANアジア砒素ネットワークの現地職員、川原一之さんと従兄弟の永山昌彦の2年越しのメールのやり取りが遂に両国を代表する?しょうがいしゃ自立生活センターの交流を実現させる事となった。
二人合わせて百7歳の前期中高齢者の旅を助っ人するのは、永山裕人23歳。映画「おそい人」の音楽:ワールドエンドガールフレンドをこよなく愛する精悍な人。先ず宮崎から訪問して、初秋にはベンガルからの使者がやって来ることになっている。  

Posted by りんたろう at 19:19Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月21日

企画書のためのファイル1号「繋がった社会」


K町社会福祉協議会地域生活確立事業(作者)の中でのひとコマ。
調査目的は「しょうがいしゃ10名程度を雇用する、環境に着目した起業」である。
場所は提供予定のF氏所有地。重度しょうがいしゃが生活主体者として尊重され
ア、「通所施設としての昼間の生活拠点的機能」
イ、「地域社会参加活動」~過疎化する地域に重度しょうがいしゃ間の連帯波及
ウ、「地域生活確立事業」~緊急ステイにも地域を離れない
この三本柱の上にビジョンを描いておられる。  

Posted by りんたろう at 12:00Comments(0)TrackBack(0)まほろば福祉会・監事

2008年04月25日

昨夜の夢

夢の中で私は、わたぼうしコンサートで今活躍している山田さんの役どころを一生懸命やっている。助手の女性にいろいろ買い物も頼んだり、定番ステージをこなすためにやっていた。果たして何にシンクロした夢なのか。思い出すのは初めてステージに通行人として出た時のことだ。その頃は吉岡さんという兄貴分が仕切っていた。彼から声を掛けられたタイミングがその後の私の生き方をポーンと背中を押してくれた事は確かだった。今若者の背中をポーンと押してあげられるよう務める側にいる。そんな決定的瞬間が用意されていた当時1981年のシーンが今必要なのである。  

Posted by りんたろう at 11:54Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月23日

ストーリー オブ ボランティアワールド

かってボランティア活動の主役は婦人だった。
 当事者も学生も自由な雰囲気で研修会に参加したものだ。そこにレボリューションわたぼうしコンサートが飛来した。いつの時代にも仕掛け人がいるのだ。この人が播磨靖夫氏。つづく  

Posted by りんたろう at 18:38Comments(2)TrackBack(0)

2008年03月18日

続覚醒のネットワーク・観光バリアフリー講座

かって若者だった私を洗脳したわたぼうしコンサート。過激な政治的歌舞音曲パフォーマンスはバリアフリーをチベットの人々のように叫び声を上げ誕生した宮崎市民会館で。そして28才になる。今回の講習会場である公立大学図書館情報室から解放された時に吹いていた風はまさしくあの市民会館旧館のロビーに吹いていた風と同じだった。仕掛け人のマラソンランナーの壮大な夢が私を観光地化することからバリアフリーをしていこうという事が解ったと同時に、再び肩を押してくれる絆を感じたのであった。                               さっそくはなちゃんとの交信が始まった。いままでは施設スタッフを仲介していたので手間取ることもあった。ダイレクトに商談もできる。彼女は自作のレンタル料を提示してきた。どうまけてもらおうか思案もまた楽し。  

Posted by りんたろう at 07:01Comments(5)TrackBack(0)

2008年03月16日

2008年03月07日

さあどうする

市民セクターなどというと、私が過ごしてきたボランティアの時代の前のイデオロギー時代のテーマの進化形であるようだ。NPOアドバイザー-養成講座の講師は、学生運動の闘士~組合運動~市民セクターへと長い旅路の末に老いてもあきらめず!倒そう!お上!食っていくぞ!社会を良くする仕事で!と盛んな志士であった。2008年は末広がりの八の年。そして弥生三月もはや過ぎ旧暦でも如月に入った。日本人だから観念たっぷりに生きてきて53年。やっとボランティアホテルにたどり着きフロント係をしている。実際は民宿の親父さん。静かな綾の風人の宿では次のお客さん準備をしながら、地球の回転にあわせて脳味噌を包む電気の偏西風も吹いている。  

Posted by りんたろう at 10:12Comments(2)TrackBack(0)

2008年01月29日

マラソンランナーの孤独

旅は道連れ世は情け 宮崎のボランティアムーブメントのやり方はおおまかこうだった。わたぼうしコンサートの舞台に引っ張り出し、旅支度をさせふれあいの旅に連れて行くという遊びで学び人間関係を習得するという構図であった。危険回避が宿命の公務員が参加できるわけ無いのだ。その無念に耐え孤独に走り続けたランナーを私は知っている。時代は進んだもののやはり危険は回避すべきで、災害が発生するまでは動きが取れないのが宿命かもしれない。だから危険をなくすバリアフリーの仕事で彼は燃えている。しかし不完全燃焼では無いだろうか。女装で踊ってブレイクした汗の記憶から直面するバリアフリーの孕む壁を壊すヒントが産まれることだろう。 前置きはさて置き、ふれあいの旅効果をヒントにして、たとえば組み合わせは養護学校とフリースクールのような自由学校の合同修学旅行を誘致するというのはどうだろう。変形して施設なり自立生活者へのホームステイなど。私が考えるボランティアホテルを出現させるのである。一過性なら得意とする宮崎人。「養護学校の修学旅行誘致」危険を孕んだ甘い誘惑。あの人ならやりかねない。女装のあの人なら。  

Posted by りんたろう at 19:56Comments(3)TrackBack(0)